ある日、突然・・・。(不安障害とうつ病を発症した経緯について)

平成21年に吹田市にある某社会福祉法人に勤務しました。

移動支援、居宅介護、重度訪問介護事業のサービス提供責任者として雇用されました。

生活介護(重度心身障害者施設)、ヘルパーステーション、グループホームの3つの事業を行っており、利用者定員も10名(生活介護事業)と小規模の社会福祉法人でした。

2年目に施設長となり、3ヶ月休みなく働き詰めの状態や夜の21時まで働くことは、毎日のような勤務でした。

小規模法人は、マンパワー不足で事務や現場も兼務して勤務しており、現場の仕事が終わってから事務作業を行う毎日でした。

夜、仕事が終わってから自宅へ帰宅し、夕食を22時頃に摂るという不規則な生活が続き、休みの日には、若さもあったので友達と遊びに行くということが続いて「休息する」ということをしませんでした。

そのような状態が3年程続き、ある日突然、図書館で勉強しようと思った時、不安症状に駆られて「ジッとしていられない」「文字が書けない」「息苦しさ」を覚えました。

しかし、少し時間を置いたら落ち着いたので、特に問題視しせず、放置してしまいました。

その症状が、1ヶ月に1回のペースで起こってはいたものの、何の病気なのか?ということまで気づきませんでした。

次に、電車に乗った時、「息苦しさ」「ジッとしていられない」症状が見られ、電車に乗ろうと考えるだけで、動悸や息苦しさを覚えるようになっていきました。

今、思い返してみれば「予期不安」という症状であったことが分かります。

次第に、特急や快速電車に乗れなくなってしまい、各駅停車で1駅1駅、我慢して乗車する状態となっていきました。

平成25年の9月に退職しましたが、7月頃より、そのような症状が出だしていました。

退職してから、パニック発作が1月に1回のペースで起きるようになり、徐々に1月に2回のペースとなっていきました。

その頃から、「もしかして、私はパニック障害ではないか?」と思うようになり、インターネット上で調べていると、症状が合致していたので親に相談してみたらパニック障害の可能性があると言われました。

病院へ行かず呼吸法を教えてもらい、パニック発作が起きた時の対処法を学び、それで凌いでいました。

今まで、閉所恐怖症はなかったのですが、狭い空間でパニック発作が起こったり、ジェットコースターで身動きが取れない状態となってしまうと強烈なパニック発作が起こるようになっていきました。

それが、初期段階の状態でした。

平成26年3月に前の職場へ就職し、即リーダーとして抜擢されたり、業務改善(QC)運動のリーダーとして業務外での活動を行ったりして、これまた、夜中まで残業する日々が始まりました。

突然、平成28年2月のある日を境に不眠症状が出始め、夜中に何度も起きるような状態や寝ている時に、息苦しさを覚えるようになりました。

1週間程続いた後、猛烈なパニック発作が日中、ずっと続くようになり仕事にならず、耐えきれなくなり心療内科へ受診した所、「パニック障害」という診断がつきました。

その3か月後の平成28年5月には、ある日、朝起きたら心と身体が全くついていかず、鉛のように心身が重たい状態となり、倦怠感や疲労感が襲うようになり、直ぐに病院へ受診した所、「うつ病」と診断されました。

今、丁度、3年という時間が経ったところで治療中です。

過去を振り返って感じたことは、何事も「早期発見」「早期治療」が大切なのだということを痛感しています。

パニック発作が出だした時に、「早期治療」を受けていたらうつ病を防げたかもしれません。

しかし、そのようなことを考えても後の祭りです。

今は、とても症状が安定期に入り、減量も上手にいっているので、年単位にはなりますが、前を向いて治療に専念していこうと考えています。