【 私の歩んだ道 】 (故)高木俊一郎  「生」は、誰にでも生きる希望を与えている!

【 私の歩んだ道 】

(故)高木俊一郎   

戦時中は、軍医中尉として旧満州関東軍航空部隊に配属され、敗戦の色濃く知的障害者も兵隊として召集されていました。

軍隊という組織の中で逃亡する人、障害があって軍隊という組織に馴染めない人、に着目し上官に「特殊教育隊」という部隊を創設することを提言して約200人規模の特殊教育部隊を立ち上げました。

1945年8月9日に突如、ソビエト軍が日ソ中立条約を破棄し攻め込まれて捕虜となり、シベリア抑留を3年半経験しています。

昭和23年11月に日本に帰還を果たし、九州大学の小児科の助手として働きながら障害児(当時、精神薄弱児)の研究をして、大阪教育大学の教授として赴任し、戦後の「障害児教育」の第一人者として活躍しました。

障害児の医学的な側面だけではなく、「教育・心理学・リハビリテーション学」といった視点からもアプローチしなければいけないと唱えています。

当時、てんかんの患者に対する薬物療法は、タブーとされていましたが薬物治療が可能であると論文を出したりして、様々な分野からの非難する学者も多かったとのことです。

今のてんかん治療の基礎を作ったと言えるでしょう。

また、自閉症児の感覚統合療法や行動療法にも率先的に取り組み、現代の治療の礎を築いています。


<(故)高木俊一郎の哲学>

人との向き合い方で「感じ方」「考え方」を学ぶことが大切である。

「医学・教育・心理学」といった言葉の魅力にうっとりされてしまうが、それを実現したように錯覚を起こさせ実質的な努力を忘れているのが現実の姿である。

人間のありのままの姿を基盤とした「人間科学」が欲しいものである。

「生」は、誰に対しても生きる希望を与えている。

小さい花は、小さい花として「自己実現」する。

人が生きるということは、即ち、「成長・発達」することである。

生きた人間を見ながら自分自身が生きていることが必要である。

自分が何を求めているのかを明確に意識化しておかなければならない。

人と人との触れ合いによって、何かが生まれ、見えてくるものがある。

自己実現という言葉、これは全く当たり前のことであり、生きることは即ち、成長・発達すること。

自分も生きながら、生きて苦しんでいる人との接触の中で、人間を見つめつつ生活を通して考えてゆくできもの。

つまり、生きた人間を見つめながら自分自身が生きていることが必要なのである。

今ここに生きていると感じつつ、生きたいと思うことは、「ここに今、生きる」ことである。

現実に生きた人間の姿に直接対応するとき、狭い視野からの教育学でなく生きた理論で、人間をもっと広く捉えなければいけない。

「考えながら動き、動きながら考える」

これは、事実を求めて目を開いて追求してゆく姿勢であり、その結果を常に考えていくことに繋がる。

全ての子供は、成長・発達する。

子供の変化を見落とさず発見する目を持つこと。

教育に科学性を必要とする。

人間の究極には、「社会の中で共に生きる」ということである。

人間が求めているものは、私は孤独ではない。

私は誰かに支えられ私は誰かと共に生きている。

人間は、広い立場から自分という存在を眺めてみる必要がある。

自分の信ずるもの、自分としての生き方を続けてゆく限り、人間は自信を持って楽しく生活できるものである。


以上、これが退官するときに最終講義として語った「哲学」であり、医療や福祉の原点というべき理論でしょう。

単なる福祉ではなく、福祉に「科学性」を持たせることで、成長・発達を促せるということではないでしょうか。

今の福祉は、利益追求に走ったり理念がなかったりします。

一度、原点に戻って見直す必要があるでしょう。